住まいの読書録

2009年7月 2日 (木)

名作マンガの間取り

名作マンガの間取り
名作マンガの間取り影山 明仁

ソフトバンククリエイティブ 2008-07-26
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間取り百年—生活の知恵に学ぶ 納得の間取り 日本人の知恵袋—日本人らしい生活空間とは (講談社新書) 「間取り」の世界地図暮らしの知恵としきたり  (青春新書インテリジェンス) 間取りの手帖 間取りの手帖remix (ちくま文庫 (さ7-1))





近所の古本屋にあったのd衝動買いしました。


最近昔のアニメをダンナと一緒に見ていると、二人して出てくる家の内装とかをチェックしてしまうのですが、この本は間取りをチェック。
なじんだマンガもこういう目で見るとなんだか新鮮です。



とはいえ実は定価なら買ったかどうかは微妙だったり。
いえ、面白かったんですけど、さらっと読めすぎて。


同じ日に下の本を買ったのもまずかったかと。(メチャクチャ内容濃くて面白く大満足!)



単純な脳、複雑な「私」
単純な脳、複雑な「私」池谷裕二

朝日出版社 2009-05-08
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http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" alt="star" />子どもたちがわかるように説明=脳の仕組みを熟知しているからできる
http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" alt="star" />脳科学のことが大好きになった
http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" alt="star" />自由意志とは何かー近代的自我の終焉

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オモロかった)






2009年4月 8日 (水)

反貧困

反貧困—「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)
反貧困—「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)湯浅 誠

岩波書店 2008-04
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http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-0.gif" alt="star" />滑り台にも踊り場が欲しい
http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-2-0.gif" alt="star" />基本的には、マルクス主義者
http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-0.gif" alt="star" />年越し派遣村の代表の方の意見を一覧できる

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賃貸住宅の保証人事業を「もやい」で行っている湯浅氏の本。
賃貸住宅で古い物件を所有するということは、必然的に「貧困ビジネス」となってゆくわけで、こないだからの流れで読んでいる一冊。
うちの物件に入居するみなさんの所得はおおよそ200-300万縁が主流で、中には100万円台の方、生活保護の方もいてはるので、湯浅氏の提示する課題は非常に身につまされる。
主義主張すべてに賛成できるわけではないけれども、「もやい」の活動は現場で非常に頼りになるには違いないし、このような相談機関が身近にあれば、とも思う。現場からの言葉は、意見に対する賛否とはまた別に、大きなパワーを持っている。
福祉事務所やケアマネとの連携は、私にとっては重要な課題で、地元の部署とはそれなりに連絡をとる方法もわかってきたのだが、遠隔地の物件では数が多いこともあり、ナカナカである。
言うは易く、行うは難いので、湯浅氏の活動、そしてその継続には頭が下がる。


湯浅氏のいう「溜め」の必要性については、まったく賛同。
私はこの「溜め」に、生物の多様性等の生態学や動物社会学の方面から入ったので、「バッファー(緩衝)」とよく表現してきた。
自分は変わり者の自覚があるので、バッファーの維持=ソーシャルスキルの維持でもあったのだ。


ただ、湯浅氏にとては言わずもがなのことだとは思うが、この「溜め」。
必要不可欠なものではあるけれど、一方では重荷と感じるものでもあることはしかと心に留めておかねばならないと思う。
例えていうならば、高山に登るのには食料を担がなければならないのに等しい。
たまたま私はいわゆる「旧家」に育ったが、昔の「家」「ムラ」は湯浅氏のいう「溜め」を生活のために強制的に(苦笑)維持するしくみであって、その意味で再評価されていい。
個人主義を学校教育でかなり刷り込まれたから、そういう考えに至るまでにはかなり葛藤があり、若いころに友人と議論したことを思い出す。




実際、今春に入り、確実に滞納者が増えている。
ソーシャルワーカーらしき人が滞納者宅へ入ってゆくのをみてほっとした。






もう1冊。

貧困ビジネス (幻冬舎新書)
貧困ビジネス (幻冬舎新書)門倉 貴史

幻冬舎 2009-01
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http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" alt="star" />「貧困ビジネス」を網羅した良書

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上のと一緒に読んだせいか、すんごく浅い。
文章はわかりやすいけど、週刊誌の切り貼りにしか感じない。。。。。。







2009年3月30日 (月)

居住福祉

居住福祉 (岩波新書)
居住福祉 (岩波新書)早川 和男

岩波書店 1997-10
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居住福祉資源発見の旅—新しい福祉空間、懐かしい癒しの場 (日本居住福祉学会居住福祉ブックレット) 居住福祉学と人間—「いのちと住まい」の学問ばなし 人は住むためにいかに闘ってきたか—欧米住宅物語 バリアフリーをつくる (岩波新書) 精神科医がめざす近隣力再建—進む「子育て」砂漠化、はびこる「付き合い拒否」症候群 (居住福祉ブックレット)



こないだからの流れで、古本屋で見つけて購入。
一気読みした。


阪神淡路大震災時の住居や、老人ホームなどの例を引きながら「住まいあっての暮らしと人生」と住居の大切さを訴える本。


住居を提供する側の人間としては、語られることに「いちいちもっとも」とうなづきながらも、「じゃぁどないせいっちゅうねん!」と叫びたくなることもある。


しかし著者のいう「弱者対策」政策の矛盾は全くそのとおりと思う。
曰く、
「第一は心身機能や社会的ハンディキャップのある人びとの居住地を特化させ、新しい差別を作る」
「第二の問題は、一般の住居水準を劣悪なままにしておいて、老人ホームその他の福祉施設の質的水準の大幅な向上は望みがたいことである」


私はこの第一の観点から高専賃が嫌いだ。
実際、高専賃は老人ホームの代替として、玉石混淆で広まりつつある。しかし、そのある意味うさんくさい高専賃がきちんきちんと部屋を埋めてゆくのも事実で、その後ろにある「第二の問題」——著者の表現によると「ホームの方がいま住んでいる家よりまし、という貧しい住宅事情の人たちがたくさんいる」に思い至らなかったことを恥じる。


著者の「住宅改善チーム構想」に、「住居の改善を推進するには多くの職種の協力が必要、として、いくつかの職種が上がっている。
「ホームヘルパー」「保健婦」「開業医」「理学療法士・作業療法士」「ケースワーカー」「看護婦・訪問看護婦」「民生委員」「大工・職人・工務店・建築家」「介護用品・福祉機器メーカー」「不動産仲介業者」
1997年の本なのであがっていないが、いまではここに当然「ケアマネージャー」も入るであろう。


そいて何よりも残念なのは「家主・管理会社」が入っていないことだ。ぜひここはこの横の連携にいれてもらいたい。
だってわれわれはいい住居を提供することが商売なのだし、われわれにとって、よい住居・コミュニティがあることは大きな価値なのだ。
われわれ家主が一番恐れるのは、物件内での事故であり、なんとかしてそれを防止したいと思っている。
だから事故の可能性の高そうな人は入居を断ったり、引っ越しを勧めたりするのだが、本当は家主だって機嫌良く住んでいてほしいのだ。
事故防止のためなら、喜んで他のいろんな職種の方と連携を取り、できる手段はとりたいと思う。


それにしてもこういうときに「個人情報保護」って扱いづらいなぁ。。。。。

2008年9月12日 (金)

首都江戸の誕生—大江戸はいかにして造られたのか

首都江戸の誕生—大江戸はいかにして造られたのか (角川選書)
首都江戸の誕生—大江戸はいかにして造られたのか (角川選書)大石 学

角川書店 2002-10
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都市と農村、という対立軸(あえてこう書く)を習った、というか意識したのは、中学の社会科の授業だったように思う。
始めて府立図書館へ資料を探しにいったのもこの頃で、研究授業で友人と一緒にOHPを使った発表をやった。
農村から都市への食糧と労働力の供給、三チャン農業、農業の機械化、そんなテーマだった。



私は都市で生まれ育って、今は片田舎ーー郊外で家主業をしている。
それで最近、賃貸住宅というのは本質的に都市で成立するものだ、という認識を強くしているのだが、それが


○第一次産業の事業承継上の問題
○地方の寸に合わない都市計画
○相続税上の問題


のために、本来ならそぐわない場所に、どん! とそぐわない規模の賃貸住宅が建ったりしている。うちなんかその典型だ。


本当は都市から田舎に至る軸線上で、評価の仕方も適した住宅もスライドしていくのが順当な気がする。念のために書いておくが、スライドとか軸とか書いてるのは、優劣ではなく、形態や手法の最適化方向が異なっているってだけ。

そういうわけで都市論も気になる今日このごろ、歴史趣味もあいまって手にとったのがこの本。



首都は明治に京都から東京へ、というのが一般的な受け止め方。
それをこの本は首都を「政治・行政の中枢的管理機能が集中する地域」と定義づけた上で江戸の首都機能の発達を語る。


江戸という都市を語った本はいろいろあるのだけれど、その多くは江戸時代後期のソレーー化政以降であることにお気づきだろうか?
江戸時代の多くの期間は今イメージする完成された江戸の姿とは違っている。


ではどのように江戸という都市が整備されてきたのか、ということにほとんどの紙幅が費やされているのだが、それは新鮮な事実の連続だった。


家康の江戸入城当時寒村であった、というのは完成された江戸からの対比であって、まぁ当時の普通の城下町。関八州を統べるための近世城下ーー家康はすでに安土や京・大坂で近世城下の一つの方向性を既に見ているーーとしては、当然未整備。
そこからの出発なわけだが、そうしてみると誕生期の江戸という都市は織豊の城下町整備とはかなり指向が違っている。
本書の記載で当初の重臣屋敷の配置を読むと、用語こそ「屋敷」だが実質的には本城からの距離といい、機能といい「出城」そのもの。それが本城&本城下の発展により、飲みこまれていったという印象である。



また、各町の木戸が既に慶長期に見られるという記載。
木戸は古くから町あるいは村を他所から隔てるための防御施設として広く見られる。
江戸期の木戸は自身番と一体となって、町の自警拠点となっていたが、上記の重臣屋敷配置と併せて読むと、そのルーツは中世・戦国の木戸であるように思う。



最初期の江戸は、乱世の城としての性格を色濃く残しているのである。
保守的・現実的な家康の性格が読みとれて面白い。



江戸が関八州の首府から、天下の首都となったのは関ヶ原の後、家康が「大坂か江戸か」を秀忠に諮問し、江戸を選択したときだそうだ。


時代別に江戸の地図をスライドショーにしてみたらきっと面白いだろうなぁ。

2008年2月28日 (木)

地主がレオパレスを提訴 トラブル多発のアパート経営

ただ今体調に少々ウツが入ってますので、意味もなくイライラ気味です。
筆が滑ってたらごめんなさい。

先週の「ダイヤモンド」に続き、今週は「東洋経済 2008年3月1日号」です。このエントリーのタイトルはその見出し。
同じくサブリースのリスクをうたった記事です。
「保証額改訂の話なんか聞いてない!」
と提訴に至った例が書かれてますが、かれらがターゲットにしていた、地方地主も気づきはじめた、ということでしょう。
とりあえず「相続税対策ありき、建設ありき」から「うっかりすると相続税よりもlアパート経営で潰れる」現実感が出てきたのでは。
だから手続きすんで契約書読んで、「あれっ!?」と。

いえ、本当は手続き済む前に読まないといけないんですけどね。
保険約款も申し込みしてからでないとくれないとこ多いし、契約書雛形を事前に見せるところの方が少ないでしょうな。

でも、メーカー系サブリースでサブリース業者の利点は、建築受注と新築後の免責期間(ほぼまる儲け)、そして礼金。
オーナーへの賃料も募集賃料も自分で決められ、回らなくなったら撤退できる。んで、家主からの解約にも対抗できる。
修繕費用はオーナー持ち。
素晴らしいリスクヘッジですなー。

保証期間の終わる「11年目以降の予想で判断する必要がある」という意見も聞きます(大家さん読本)。
さて、建築時に何年のローン組みますか。20年〜30年が多いのでは。
ローン返済が一番苦しいのは折り返し点をすぎた後半です。元利均等返済の場合、ローン返済金の元金部分が多くなり、その結果、所得税がどかんと増えます。
保証期間の終わる時期って、この頃を直撃するんですよね。
単純に賃料の下落と空室の増加の予測のみで判断すると、税金でえらい目にあいます。
賃料の変動や空室率にしても、10年前を振り返ってどうでしょうか。20年前は如何ですか?
予想とのブレを許容できる限度は、多く見積もって10年のように思います。それ以上になるとブレが大きくて、未来の予想に基づいて判断するのは結局バクチに等しい。もしくはブレを吸収できるだけの経済的体力が必要になる。なぜなら、通常サブリース契約は、判断を修正し、進路変更する機会が非常に限定されるわけですから。
大手サブリース業者の巧いところは、見通しの利く期間内を最大に効率よく巡航できるシステムをつくりあげたところでしょう。
特にメーカー系の場合、本業はあくまで建設なので、地主としては、彼らのサブリース事業は広い意味での営業ツールだと考えるべきだと思います。

それにしても記事中、同業者が国民生活センターに相談するあたりも、ため息を禁じえません。
アパート経営者が消費者向け機関に相談するのもため息ですが、これはまぁ私もそんな時期はあったし。
それを活字にしてしまう、記者は何もひっかからないんだろーか!
それともわざとですか。。。。
「原状回復は貸し主の義務」と書かれるのと同じ位イタい。。。。。

(「借り主の義務」ですよ。念のため)


こうして2週連続サブリース関係の記事が経済誌に載ったわけですが、賃貸住宅新聞の特集も「地方で高まるサブリースのニーズ」でした(苦笑)。


問題点はありますし、私も好みではありませんが、これだけ広がるのはやはり利点もあるからだ、ということは忘れてません。


で、まぁ。あの建物で30年なんて、セールストークにしてもよぅ言うわ!
という建物が建つ場合もありますので、サブリースをする、という決断をするときにはせめて、建物だけでも建築費に見合ったしっかりしたモノを選ぶのがいいと思いますよ。
補修費だけでも違ってくる…。

2007年6月12日 (火)

ヒト 家を作るサル

ヒト 家をつくるサル
榎本知郎 著  京都大学学術出版会


前のエントリの最後で言ってた本です。
読了しました。


タイトルを見たときは類人猿とヒトとの比較の本かと思ったのですが、もっと広汎に「家作り行動」の進化のお話でした。


著者は鳥類や哺乳類の巣を比較しつつ、「家=巣」を「子どもを養育するためのシェルター」と定義付けます。
「家」は「寝る場所=ねぐら」と思ってたのですが、鳥類では「ねぐら」と「巣」は区別されるそうで。
鳥類哺乳類共通の概念としての「巣」の要素を抽出すると、「子どもを養育するためのシェルター」になるようです。
霊長類学のヒトらしい発想です。




「家」を作るのはいいことばかりではありません。

この発想が「家」を使うことに慣れきった私には、まず新鮮なのですが、元来ホモ属にとって「家」は必ずしも必要でないそうです。寒さに強いんだそうですよ。現生人類は。
言われてみれば氷河期にけっこう平気で生活してます。というか、分布を広げています。


「巣」は作るのにとても労力がいる。しかも不衛生なもの。「巣」に住まなきゃトイレの心配はいらない。すなわち消化器系の伝染病のリスクが減る。寄生虫の被害も減る。
不衛生と伝染病が前近代にどれだけの人命を奪ってきたか考えれば、とても重みのある指摘です。
事実、類人猿で「巣」を作るのはヒトだけで、他の類人猿は簡単な使い捨ての「ねぐら」を作るにとどまるのだそうです。


にも関わらずヒトは「家=巣」を作る、ユニークなサルである、と。

それはなぜか、ということを個体の発達過程と脳の進化から説明してありました。




どこの文化にも普遍的に「家作り行動」はみられるので、この行動は文化によって学習されるものではなく、生来的に持っている「家作り遺伝子」を仮想することが可能です。




ヒトは大脳を発達させ、かつネオテニー化することによって高い学習能力を獲得したのですが、それは裏返せば出生時には非常にか弱い存在であり、親の保護を必要とする子ども時代が非常に長いことでもあります。

ヒトのこのような発達様式にとって、「巣」というのは発明されてみれば、非常に便利なものですから、高い淘汰圧によってすみやかに「家作り遺伝子」が固定された、と著者は考えます。


200万年の現生人類の歴史の中で、家作り行動がみられるのは5万年前から。こんなわずかな期間で!
とすなおに私はびっくりしてしまいます。



ヒトの脳はネオテニー化を進めた結果、成人になっても幼児性を残しているそうです。
子どもの心を持ったヒトは好奇心にあふれ、発明を試み、「家」もそのような遊びの中で生まれたのではないか、と著者は推測します。


面白いのは、同じく「巣」を作る鳥類にみられる「トイレつくり行動」遺伝子はヒトにはみられず、トイレの問題は文化にまかされている、という指摘。もう何万年かたてば「トイレつくり行動」遺伝子が固定されるのかもしれません。




もうひとつ面白かったのは、シラミの宿主特異性を利用し、シラミの進化から宿主たる類人猿の進化がわかるというお話。
種特異性のある病気はけっこうありますが、細菌だと化石に残りにくいですし、進化(変異)のスピードが早いので、こうした研究は難しいでしょうが……

そういう視点が面白かったので、シラミの進化の本を探したくなりました。……一般書にはないような気もするな。

2007年3月13日 (火)

京都に住まえば…

京都に住まえば…

こないだ本屋で手に取った雑誌。
略して「キョースマ!」
この略し方にも笑ったが、淡交社の出版だったんで、もっぺん笑った。
だって、ノリがミーツ!なんだもの。

学生時代京都で過ごした(住んでたわけじゃないけど)ので、懐かしい地名がいっぱい!

記事の中からいくつかピックアップして、紹介と感想を。

葵学区。

ーーーーー
京都で葵学区といえば、「ええとこ」というのが、共通認識である。
(中略)
今ではブランド住宅街になっている北園町界隈も、昭和5年に区画整理されている。この時点ですでに界隈には百坪以上の区画が並んでいる。当時羽振りのよかった京都人が別宅を建て、移り住んだのではないか。
ーーーーー

芦屋・帝塚山ほど有名ではないが、昭和初期に開発された住宅地は、今でも高級住宅街のところが多い。「良い衆(ええし)=分限者」が郊外に別荘を持つことが流行った時代である。
関西各私鉄の初期の分譲地に多く、雛人形のコレクションで有名な、藤井寺の沢井邸もおそらくこの時期。
100坪以上の区画、中廊下式の木造2階建て。座敷・次の間を備え、広縁がその周りに巡らされる。1階・2階の両方に座敷があることも多く、2階座敷からは見晴らしがよい。必ず玄関付近に洋室(応接間)があるのも特徴である。これが当時の高級別荘の流行だったらしい。
箕面しかり、雲雀ケ丘しかり。北摂津および阪神間山麓の高級イメージはたぶんこの頃に始まるのだと思うし、近鉄沿線の中古住宅では「近鉄不動産分譲地」というのがウリになるのである。
私にはこの手の高級住宅地=私鉄の開発、というイメージがあるのだけれど、葵学区のこの成り立ちは知らなかったので新鮮だった。


町屋暮らしに関するいくつかの記事

ーーーーーーーーー
見るからに年季もの。とは言え、過剰に「和」を演出するでもなく、ほとんどの家具は以前、マンション暮らしの際に使っていたものをそのまま。奥の6畳間にはソファ、部屋の片隅にはMacもある。
ーーーーーーーーー

全然フツーやん(笑)。民家暮らしだから民具でそろえて、なんて生活してる人、私は見たことないよ!
うちのまわりも田舎やから、築80年、100年は珍しくないですが、普通に今の家具使って普通に調和してます。
と、いうか、そういう自然体でないと住み続けらんない。
民家で昔されたリフォームを今見て、エラクちぐはぐな印象を受けることがあります。なんでこんなフローリングなんよ!とか、このプリント合板の壁はないだろう!とか。
でも、施工当時はそんな印象はなかったんだと思います。そりゃ予算の都合でベストからベターになったものはあるでしょうけれど。
ちぐはぐな印象を持つのは、見る側の意識が変わったんだと思いますよ。
住みながら住み心地に合わせて手を入れていく。それが住居だと思うんで、住んだ歴史のパッチワークになるのは当たり前だと思うし、自分もパッチワークをして次の人に渡せるのは幸せだと思うのです。
よく建築家が家族構成に合わせた提案をしますが(頼む側も「自分たちのために」感があるので嬉しいですけど)、家の寿命は家族の寿命より長いですよね。
建築関係の本で
「誰にでも合う、は誰にも合わない」
という言葉をみかけましたが、合わない部分を埋めていくのが生活の楽しみな気もしますよ。
と、ゆーわけで新築信仰もいいけど、住み継いでいくのもいいものですよ。


で、この雑誌を読んで一番思ったこと。
町家の記事で。

ーーーーーーーーーー
大家の山本さんも実は将来、ここに住みたいと考えている
ーーーーーーーーーー

京阪神に職場があるなら、今すぐ住め!
十分通える!  

2007年2月 8日 (木)

おまけよりも割引してほしい

おまけより割引してほしい—値ごろ感の経済心理学
おまけより割引してほしい—値ごろ感の経済心理学



あんまり「住い」じゃないけど、読んで面白かったので。
経済心理の本。
お得感、値ごろ感はどうやって生まれるかを説明した本でした。
印象に残ったのは、
「自動車販売は最初にフル装備を見せる」
設備の劣るものを後から見せると、いくら安くなるとはいえ、喪失感があるそうで。
なんか賃貸にもいえそう……。



あと、消費者のワンストップ志向。
私は家主直接運営のホームページの作成会、そのリンク・検索サイトの運営に参加してたりしますが、家主の直接募集がポピュラーになるとは、全く考えていません。
これは「ワンストップ」で説明できます。



賃貸はいろいろな物件を比較検討して、最後は指名買い(借り)です。
物が住まいだけに、スペック情報だけで即決する人は非常に少なく、実物を見て検討することになります。(例外は新築建設中の入居決定)

この比較検討をするのに、家主直だと、消費者の手間はすごく増えるーーつまり損なんですよね。仲介料が無料になったぐらいじゃ見合わない。

また受ける家主側は、売上高はともかく、組織的には零細もイイとこですから、どうしても対応スキルには幅ができる。つまりは当たり外れが大きいわけで、これも大きなリスクになります。
仲介業者さんを利用すると、効率よく比較検討できる上に、成果報酬です。これはいいですよ、やっぱり。
仲介業も大企業は少なく、職員の流動率が大きいですから、当たり外れはあるのですが、「宅建業」というしばりがあるぶんはリスク回避が担保されます。



この5年ぐらいで、家主と借主の直接取引の仕組みを立ち上げよう、というサイトが生まれてはことごとく潰れていきました。
今でも新しいサイトは生まれてますが、まだ成功例はありません。
この借主の手間、部分の解決には「弊社がお手伝い」あるいは「専門家を紹介」としていることが多いのですが、従来の仲介業との優位をだせるでしょうか??



じゃ、なんで私が家主自身の賃貸情報発信をすすめるか。
それは自分の中では、メーカーが自分の商品情報を発信するのに似ています。
自ら小売をせんならんこともないのです(対応スキルをつけたいとは思いますが)。



2007年1月16日 (火)

金融広告を読め どれが当たりでどれがハズレか(まだ読書中)

ときどきここでつぶやいていますが、本家サイト「大家さんのひとりごと」がよく投資系サイトで紹介される割には、私自身は「投資」には全く疎い人間です。


数字やパーセントを見ると逃げ出したくなります。


けれどもこういう稼業をしている以上、避けて通れないものでもあるわけで、ちょっとは勉強せなあかんかなぁ、とこんな本を買ってみました。

金融広告を読め どれが当たりで、どれがハズレか
金融広告を読め どれが当たりで、どれがハズレか





昔、中学で文芸部にいた頃、文化祭のテーマで友人が
「広告をやろう!」
と言い出した。なんで「文芸」なのか、ようわかりませんでしたが、これがコピーライトの世界との出会いでした。
人の心をくすぐる言い回し、というやつが、それはよく考えられて作られていることを知って、むちゃくちゃ面白かったのを覚えてます。


そういうわけで「広告」という視点からなら、私にもとっつきがいいだろうと。


思ったとおり、面白く読めて大正解! 理屈はすっとアタマに入ってきます。
難点としては、数字が嫌いなことに変わりはないので、理屈はわかっても計算する気には到底なれないこと(汗)。
でもまぁ、
「こーゆー言い回しには気をつけたらいいんやな」
というのがわかるだけでも収穫です。
まだ半分しか読んでませんが、がんばって読みます!


「ハイリスクハイリターン」という用語の誤解についても解説が載ってました。
「成功すれば大儲け、失敗すれば大損」のことを「ハイリスクハイリターン」とよく表現しますが、正しくは「リスク」とは「予想結果の分散」、「リターン」とは「成果の期待値」のことだそうで。(私も昨日の本家サイト記事で誤用しています)
そういう正しい使い方をすれば、世の中には「ハイリスクハイリターン」どころか「ハイリスクマイナスリターン」の金融商品もあるんだそうですよ。……おお怖わ!
しかし初めから日本語使えば、こんな誤用が広がらなかったような気も……。

2007年1月12日 (金)

沢田マンション物語

いつぞや、朝日新聞「我が家のミカタ」でも紹介された沢田マンション

実は2-3年まえに、
「ぜーんぶ自分で建てた」
というコピーに心魅かれて、でも、けなるくてけなるくて(=うらやましくて)読めないでいた本をやっと読みました。


白亜のRCマンションをセルフビルドしてしまった、沢田ご夫妻。
過酷な人生を幸せに生きた方(ご主人の嘉農さんは2003年に死去)とでも申しましょうか。
設計はすべてアタマの中という作り方、マンションに作られたスロープ、池、水田、リフト。そこに生まれたコミュニティ。すごく
「やってみたい!」
とあこがれるとともに、沢田さんのような技術もハングリー精神も自分にはないので、やっぱり本を読んだ感想は
「けなるいなー」
という、スゴイ人を知った感嘆のため息なのでした。
でも、読んで面白かったし、続けることの偉大さに勇気付けられましたよ。




沢田マンション物語





一方で、昨今の「建築ブーム」の中で語られる沢田マンションには落ち着かない。
それがなかったら、このマンションを知ることもなかったので、フクザツなのだけれど。
京都の町屋、大阪の長屋もおなじく。
見直してくれるのは嬉しいんですけど、長屋なんてそこかしこの田舎町に転がってるよ!
(で、空くと入らなくて大弱り。借地上の長屋なんて大規模改装も難しいので最悪)




前にも自分のブログ(旧)のどこかに書いた気もしますが、やっぱり根本的に「賃貸住宅」って都市的なものだと思う。
人口の集積と流動がないと成り立たない。



「かつてちょっとした町だったけど、交通の便がよくなって、今は田舎になりました」
でもおかげでみんなが都市計画の夢をみて、相続税が怖いし営農も継いでくれそうにないし、で、田んぼつぶしておったてた賃貸住宅が、今散々なことになっている。



そんなところが身近のそこかしこにあるところに住んでいるので、
「アテとこを見捨てていった連中が、なんか美化して言うてはるわ」
みたいなひがみ根性が自分のどっかにあるんだと思います……

2006年12月14日 (木)

中世住居史 封建住居の成立

昨日に続いて読書録です。
忘年会のあとに衝動買いした中の一冊。一気読みしちゃいました。です。


中世住居史



住居史の本はこれまでにも何冊か読んでいるのですが、ほとんどが建築様式の歴史なんですよね。
建築様式は現存する建物の制約上、古い時代は寺社建築等ばっかりだし、庶民の住居の歴史についての本というのはあんまりないんです。「住まいの人類学—日本庶民住居再考」ぐらいしか読んだことない。
民家研究は近いジャンルですが、ワタシの求めているものとは微妙にずれるんですな。




この「中世住居史」、サブタイトルに「封建住居の成立」とありますが、「封建時代」というのは身分社会でもあります。
著者の視点をユニークに感じるのは、その身分階層が建築様式に及ぼす影響を考察しているところです。
中世においては当然、身分階層=経済階層でもあるわけですが、支配階級と被支配階級の住居は建築様式以前の技術系統が異なる、という話から始まります。
ところが近世住居においては、支配階級と被支配階級の住居を建設する技術系統は、被支配階級のそれに変わります。
さらに建築モジュールを、柱の中心間距離を基準(真々柱間制)としていたのが、柱間の内法距離を基準(内法柱間制)とするように変わってゆきます。
このような建築様式の変化を、身分階層の変化から説明した本、というところでしょうか。



現在のような営利目的の「借家」の誕生は、著者によると中世も終わりに近い頃。
それまでも他人の所有する家屋に住居する例はもちろんたくさんあるわけですが、家屋所有者と入居者との関係は強い身分関係によるものとのこと。つまり主人が下人・被官・別家(部屋住み)を住まわせていた、という構図です。
それが「座」や「職」制の崩壊とともに主人の経済状態が悪化。今まで隷属家族であった別家・下人層の地位が向上し、経済的関係を所有者と結び、売買や質入などによって、近世的な意味での借家になってゆく、といった感じのようです。





その頃——近世初期の借家料が記載されてるのも面白いです。

天正2年(1574)の奈良のある借家料が4斗。月額なのか年額なのか、また広さもわかりませんが、米納のようです。


で、正徳3年(1713)大坂上本町。裏長屋一人一日銭2文。
朝出かけたら晩帰ってくるかわからないんで、家主が路地口でがんばり、皆の出かけしなに徴収するとか
銭納に変わってます。で、賃料の算出基準は筵わり、といって筵の広さを基準に算出するんだそうですよ。





それで思い出したのが、ウチの古い(大正ごろ)借地契約書。
ウチの地域はもともと農村だったのが、大正時代に宅地化がすすんだようなのです。
商工業が盛んになって、従業員を住まわせるとか(社宅ですね)、そんな理由でぞくぞく農地が宅地になり、ウチの田畑を借りて借家を建てたい。そんな話が多かったみたいです。
契約書を読むと
「懇望にまかせてウチの費用で宅地化にしたんだから、立退き料とか請求すんなよ!」

という内容がでてきます(笑)。時代が時代ですから、もちろん貸主からも解約できます。
そして面白いのが賃料の決め方。銭納ですが、算出基準は「毎年何月の米何石の値段」。
米本位制ですかーー(⌒◇⌒;)
どおりで、ムラのおばあちゃん'sが借地料のことを「年貢」と言うわけです。




奥付を見てびっくり。
初版1958年。うわ。
それでこういう視点か、と妙に納得したり、50年間類する本がなんでないんや!とか腹ただしかったり。








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2006年12月13日 (水)

遺品整理屋は見た!

実家の母が
「こんなんあったで」
と貸してくれました。さすがわが母。


キーパーズ社長の吉田太一さんが、ご自分のブログを書籍化されたものです。


数年前に「大家さんのひとりごと」を読んでいただきまして、お声をかけていただき、孤独死事件のページにリンクを貼らせていただきました。
実は店舗も実家の近くにあったりしました。


ただそれだけのことなんですが、なんだか身近な方が本を出さはったような気分がして、ちょっと頬が緩んでます。


さて、センセーショナルな題名ですが、中身は穏やかです。
穏やか、というのも変かな。
孤独死、自殺、殺人等いわゆる変死、ゴミに蛆虫死臭のオンパレードですから。
読みながら昼ごはんをパクついていた、私も私ですが。


それでも読んで面白いですし、読後感は

「いい人情話を読ましてもらった」

なんですね。
著者のお人柄と、亡くなった方への優しい視線があるからでしょう。
遺品整理という仕事は、広い意味で「最期を看取る」行為なのだと思いました。
この会社の登録商標にもなってますが、「天国へのお引越し」のお手伝い、とはうまく表現したものです(この由来となったエピソードも収録されています)。



著者のインタビューがYahoo!扶桑社に掲載されてます。



遺品整理屋は見た!
遺品整理屋は見た!吉田 太一

おすすめ平均
stars田舎の母に電話でもしよう
stars最期の様を考えさせられる
stars死の後の現実
stars考えさせられる
starsちょっとショックな読後感、救いは著者の誠実さ

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2006年11月15日 (水)

読書録〜大岡裁きの法意識

「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人



私が法律に興味を持ったのは、この「大家」という仕事を始めてからで。
大学時代に法律の授業はあったから受けたけど寝てました。
何度かこの日記にも書いているけれど、ウチは旧地主系の大家なので借家も借地もけっこうな数があるわけです。
そうするとそれなりに紛争もありまして、古くは小作争議(もちろん私は知らない)、昭和のころは地代調停、近くは滞納者の追い出しに敷金紛争、とけっこう裁判所の御世話になることが多いです。
だから、企業の法務担当者ほどじゃないけれど、法律も裁判所も割と身近です(但し分野限定)。


でもやっぱり
「できるだけ御世話になりたくない!」
という意識はあるんですよね。権利権利とふりかざすのも、ふりかざされるのも正直嫌いやし。費用もかかるし。
昨今の敷金とか賃貸契約上の紛争に関しても、「理屈はわかるが、それだけでいいのか?」と、心のどこかで思っている自分がいる(^^A
特に、現実の場ではロジックよりもメンタルな面が重要な局面も多々あるのを経験しているだけに。


そこでふと本屋で目にとまった、
「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人
読んでみました。
読んで初めて意識ましたが、近代から現在の日本の法律は西洋法なんですね。
明治維新時にまずフランス法およびドイツ法を輸入して、まず形から入ったんだそうです。イギリス法という選択肢もあったけれども、形から入るには判例法は敷居が高かったんだそうで。


ところが法に対する意識としては、平成の今も「法のお世話になる」ことを恥のように受け止める人は多いし(現実には法の枠組みの中で社会生活をしているので、その感覚自体が論理的にはつじつまがあわないのだが)、裁判所は多くの人にとって遠い存在であり、「大岡裁き」が今でも司法の理想として語られる。


 著者の記述を引用します。


----------------------------------
「明治時代に継受された西洋法の体系も、日本社会にしてみれば、いわば突然身にまとうことになった洋服のようなものである。日本の社会、いや世間という「肉体」に、西洋流自己責任の体形の衣類を隅々までフィットさせることは、一朝一夕で可能なことではない。
近年の自己責任論の盛り上がりは、そのような長い歴史的スパンで眺めるべき現象だとわたくしは考える」
「西洋法という洋服をようやく自然に着こなせるようになった世代からバトンタッチされたわれわれは、しばらくその外形の心地よさに安心しきっていたが、日本の経済的繁栄が終焉し、同時に、日本社会の価値の混乱がさらけ出される時代を迎え、ついに外形ではなく体質(血肉)の改善が課題にされざるを得なくなったと言えよう」
-----------------------------------



なるほど……言い当て妙。うまい例え。
羽織袴のサムライが、髷を切り、慣れぬ洋服を着ていたのが、今や日本人は洋服を自家薬籠中のものにして、日本発のファッションもある。
これと同様に、法意識も変わってゆく。その過程なんだ、ということですね。



で、前近代(江戸時代)の日本の慣習法の場合、三権が分立してないので、同じ機関が捜査して裁く。司法の機能を行政が果たしてきたわけで、今も日本人には「お上による保護とお上に対する国民の依存」という強固な体質がある、と著者は言います。
私はこの「行政」に加えて「共同体」も挙げたいです。地縁血縁で構成される共同体です。
私もこの本で初めて知ったんですが、江戸時代のお白州には、里老だとか、大家だとか、共同体の代表者が同席するんだそうです。そして西洋法の受容とともに、いくつかの段階を踏んで法廷から姿を消す。
考えてみれば、前近代には、共同体が主体になる行為がけっこうあります。
年貢の「村請け」。江戸時代の借家で契約附属書類(管理規則とか)の差し入れ先が大家でなく「丁(町)」だったり。
極めつけが中世法の「国質」——「支払人が住む国や郷の人々が連帯保証する国質(くにじち)や郷質(ごうじち)、特定の商業都市において出会った第三者からの債権取り立てを認める所質(ところじち)などの債権保全策(http://www.imes.boj.or.jp/cm/htmls/feature_11.htmより引用)」
今でもけっこう、ムラの揉め事はまず顔役に相談、というところは多いと思うんですよね。ウチのムラもそうやし。



共同体と法とのバランスが……と書きかけてストップ。
これも対立軸で書くのも、なんか変よね??
頭の中が問題提起だらけで消化不良状態です。でも面白かった!

2006年11月 6日 (月)

押入れのちよ

「今ならこの格安物件 かわいい女の子(14歳 ただし明治生まれ)がついてきます」


と、いう帯のコピーにつられて立ち読み。

ちょっと怖くてちょっと切ない話が詰まってて満足!(←買えよ!)
都心の格安物件は、やはりワケありで、表題とコピーからお察しのとおり、「出た」わけなんだけれど。
あどけない「ちよ」と主人公の共同生活が悲しくて優しい。


明治生まれといえば私の祖母も明治生まれだけれど。ずいぶん時代はかわったなぁ、と思う。祖母と一緒にお世話になった美容室のセンセは、戦前は花街で日本髪を結ってたというし、本書の「ちよ」もごくあたりまえに身売を経験してるし。


「出る」物件は確かにワケあり格安になるんだろうけど、「出ない」物件でも、都心に暮らすってことは、累積された多くの死を足元に踏んで暮らしてるんだなぁ、としみじみ。


押入れのちよ

2006年10月26日 (木)

敷引の歴史について情報求む!

10月23日付の賃貸情報新聞「マンスリーリレーエッセイ」に中京法律事務所の弁護士・石川貞行氏の「敷引に関する判例の検討」が載ってました。


私は敷引地域の家主ですから、このテの話はとっても興味深いところで。
勉強するにつれて考え方の変わる部分もあり、疑問に思うところもあるわけですが。


とりあえず今の私は、


①俗にいう「敷引は改装費用」というのは法的性質ではなく、家主の単なる事業計画な気がする。月々の家賃収入を返済と長期修繕に、契約都度の一時金を契約都度の費用に、というのは、むちゃくちゃわかりやすい。
②敷引金(返金しない約定のある部分)は単なる売上金。売上計上も契約開始時にセヨと税務署から指導(もう利益が確定しているかららしい)。
③借主側にも①が流布しているのは、広義の賃料設定の理由説明として用いられてきたからかも。
④法的解釈については、個別の内容にゆだねられるべき。
⑤慣習は社会に受け入れられているからこそ「慣習」たりえる。敷引慣習の広い分布と厚さを考えると、広がりを見せたときの社会情勢下で、当事者双方からの支持があったと考えるのが妥当。


という感じに思ってます。また変わるかもしれないけど!(苦笑)


今回の記事の石川先生の御意見は
「敷引は実質賃料の一科目」
で、家主の私はちょっとほっとしてみたり。



さて長くなりましたが、ここまでは実は前ふりです。


敷引の性質をきちんと考えるには、当然その慣習の発生経緯を歴史的におさえる必要があると思うんですが、
誰か敷引制がいつごろからあるのか知りませんかーー???



敷引は関西だけでなく、中国・東海・九州北部・四国にも分布があります。
かなり広い分布です。
でも、いつからあるのかよくわかんない。



石川先生は敷引慣習の発生起因として、昭和62年以降の賃貸住宅供給過剰、中でも平成3年の生産緑地法改正をあげておられるのですが、私の印象ではもっと前だと思うんですよね。
でも、ウチの資料で昭和年代のは公庫利用なので敷引はないし。
戦後からか、戦前からかもよくわかんない状態です。
戦前戦後の混乱がらみかなー、と想像したりするのですが。




法律方面から敷金や敷引を扱った本は山ほどあるのに、これらの歴史を扱った文献がなかなか見つからないんですよ!
土地制度に関してはまだ文献が豊富なのですが、長ーーーい歴史を持つ「借家」に焦点をあてた歴史本・文献が見つからない!
実経験でも、なんでもいいです情報下さい。
歴史好きの血がうずいてます(笑)



藤木久志【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩りを読んでいたら、豊臣秀吉の時代に既に「家持」と「家主」が分離していてびっくりしました。


尾篭な話で恐縮ですが、江戸時代の裏長屋——共同トイレなのですが、「大」「小」それぞれ借家人の収入か大家(=管理人)の収入か決まっているのです。
地方によって、どっちがどっちとか決まってたらしいです。
下肥は近郊農家が買い取りにきてたんで、収入になったんですね。



【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り

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武水しぎの

武水しぎの(タケミ・シギノ)
家主から見た賃貸住宅裏話を綴る「大家さんのひとりごと」管理人。

たまたまヨメに来たら、賃貸住宅のお世話がくっついてきた。大家族で子育てとマンションの管理・経営に奮闘中!
賃貸経営に!お部屋探しに! 大家さんのひとりごと

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