
私が法律に興味を持ったのは、この「大家」という仕事を始めてからで。
大学時代に法律の授業はあったから受けたけど寝てました。
何度かこの日記にも書いているけれど、ウチは旧地主系の大家なので借家も借地もけっこうな数があるわけです。
そうするとそれなりに紛争もありまして、古くは小作争議(もちろん私は知らない)、昭和のころは地代調停、近くは滞納者の追い出しに敷金紛争、とけっこう裁判所の御世話になることが多いです。
だから、企業の法務担当者ほどじゃないけれど、法律も裁判所も割と身近です(但し分野限定)。
でもやっぱり
「できるだけ御世話になりたくない!」
という意識はあるんですよね。権利権利とふりかざすのも、ふりかざされるのも正直嫌いやし。費用もかかるし。
昨今の敷金とか賃貸契約上の紛争に関しても、「理屈はわかるが、それだけでいいのか?」と、心のどこかで思っている自分がいる(^^A
特に、現実の場ではロジックよりもメンタルな面が重要な局面も多々あるのを経験しているだけに。
そこでふと本屋で目にとまった、
「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人
読んでみました。
読んで初めて意識ましたが、近代から現在の日本の法律は西洋法なんですね。
明治維新時にまずフランス法およびドイツ法を輸入して、まず形から入ったんだそうです。イギリス法という選択肢もあったけれども、形から入るには判例法は敷居が高かったんだそうで。
ところが法に対する意識としては、平成の今も「法のお世話になる」ことを恥のように受け止める人は多いし(現実には法の枠組みの中で社会生活をしているので、その感覚自体が論理的にはつじつまがあわないのだが)、裁判所は多くの人にとって遠い存在であり、「大岡裁き」が今でも司法の理想として語られる。
著者の記述を引用します。
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「明治時代に継受された西洋法の体系も、日本社会にしてみれば、いわば突然身にまとうことになった洋服のようなものである。日本の社会、いや世間という「肉体」に、西洋流自己責任の体形の衣類を隅々までフィットさせることは、一朝一夕で可能なことではない。
近年の自己責任論の盛り上がりは、そのような長い歴史的スパンで眺めるべき現象だとわたくしは考える」
「西洋法という洋服をようやく自然に着こなせるようになった世代からバトンタッチされたわれわれは、しばらくその外形の心地よさに安心しきっていたが、日本の経済的繁栄が終焉し、同時に、日本社会の価値の混乱がさらけ出される時代を迎え、ついに外形ではなく体質(血肉)の改善が課題にされざるを得なくなったと言えよう」
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なるほど……言い当て妙。うまい例え。
羽織袴のサムライが、髷を切り、慣れぬ洋服を着ていたのが、今や日本人は洋服を自家薬籠中のものにして、日本発のファッションもある。
これと同様に、法意識も変わってゆく。その過程なんだ、ということですね。
で、前近代(江戸時代)の日本の慣習法の場合、三権が分立してないので、同じ機関が捜査して裁く。司法の機能を行政が果たしてきたわけで、今も日本人には「お上による保護とお上に対する国民の依存」という強固な体質がある、と著者は言います。
私はこの「行政」に加えて「共同体」も挙げたいです。地縁血縁で構成される共同体です。
私もこの本で初めて知ったんですが、江戸時代のお白州には、里老だとか、大家だとか、共同体の代表者が同席するんだそうです。そして西洋法の受容とともに、いくつかの段階を踏んで法廷から姿を消す。
考えてみれば、前近代には、共同体が主体になる行為がけっこうあります。
年貢の「村請け」。江戸時代の借家で契約附属書類(管理規則とか)の差し入れ先が大家でなく「丁(町)」だったり。
極めつけが中世法の「国質」——「支払人が住む国や郷の人々が連帯保証する国質(くにじち)や郷質(ごうじち)、特定の商業都市において出会った第三者からの債権取り立てを認める所質(ところじち)などの債権保全策(
http://www.imes.boj.or.jp/cm/htmls/feature_11.htmより引用)」
今でもけっこう、ムラの揉め事はまず顔役に相談、というところは多いと思うんですよね。ウチのムラもそうやし。
共同体と法とのバランスが……と書きかけてストップ。
これも対立軸で書くのも、なんか変よね??
頭の中が問題提起だらけで消化不良状態です。でも面白かった!
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